東京高等裁判所 平成元年(ネ)3341号 判決
控訴人 エス・ウント・エー有限会社
右代表者取締役 ハルトウイッヒ・ゾンデルホフ
右訴訟代理人弁護士 中町誠
同 八代徹也
被控訴人 村上由朗
右訴訟代理人弁護士 遠藤憲一
同 武内更一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
第二 当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決書五頁四行目の「賞与から」を「賞与からの」と改め、同七頁五行目から六行目にかけての「取得できるとし」の次に「(同規則六六条一項)」を、同六行目「引いた日とした」の次に「(同条二項)」をそれぞれ加え、同九行目の「務付けている」を「義務付けている」と改める。
2 原判決書八頁三行目の末尾に「そして、実際にも控訴人においては、休日と一般休暇日では次の点で取扱いを異にして来た。すなわち、休日については、元来労働義務が存せず、実際にも休日出勤を命じた前例はないが、一般休暇日については、必要に応じて出勤を命じた前例が散見される。そして右出勤時の賃金については、休日ではないため、労基法三七条所定の割増賃金を支給してはいない。」を加え、同五行目の「しなかっため」を「しなかったため」と、同九行目及び同一三頁一行目の「五月一日」をいずれも「五月二日」とそれぞれ改める。
3 原判決書一一頁八行目の「課されたことはない。」の次に「一般休暇日に出勤した例があるとすれば、その実態は、仕事をこなし切れずに一般休暇日にやむなく出勤した者がいるというものであって、出勤を命じられたためではない。また控訴人は一般休暇日における労働に対しては労基法三七条所定の割増賃金を支払っていないことを強調するが、一般休暇日が本来労働義務のある日であるならば、その日に出勤した者に対して、固定給与とは別に改めて賃金を支払う義務は存在しない筈である。しかるに、控訴人においては、一般休暇日の出勤手当名下に賃金を支払っており、この取扱いこそ、まさに一般休暇日が、原則として労働義務のない日、すなわち休日であることを端的に示している。」を加える。
第三 《証拠関係省略》
理由
一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求は原判決認容の限度で理由があり、その余は失当としてこれを棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決書一五頁九行目の「年末年始」の次に「、その他会社が必要と認めた日」を、同一六頁八行目の「との規定」の前に「(六五条)」をそれぞれ加える。
2 原判決書一七頁二行目から一八頁末行までを次のように改める。
「ところで、労基法三九条一項にいう「全労働日」とは、一年の総日数のうち労働者が労働契約上労働の義務を負う日数、すなわち一年の総日数から休日を除いた日数(本件においては、就業規則によって定められている)をいうものと解される。そして、どの日を、また年間何日を休日とするかは、労基法の休日に関する規定に反しない限り、本来使用者が就業規則によって自由に定めることができる(もちろん適法な手続きを経て)こと自体は控訴人のいうとおりであり、当裁判所もこれを否定するものではない。本件で問題となっているのは、新就業規則に定める一般休暇日が被控訴人の主張するように、その名称にかかわらず休日に当たるものとみるか、それとも控訴人の主張するように、休日とは別個のものとして定められたものであって「労働義務はあるが勤務しなくても債務不履行の責めを問われない日」とみるかである。まずこのことを明確にしておく。
さて、ある日が労働義務を負う日かどうかを、労基法三九条一項の適用の場面で考える場合、同項が前一年の全労働日の八割以上の出勤を有給休暇の付与の要件としている趣旨が、沿革的には勤勉な労働に対する報償的な面をもっていたとはいえ、他面において労働者の権利を制度として保障する趣旨を含むことも十分考慮にいれる必要がある。したがって、ある日が休日に当たるかどうかを判断するにあたっては、就業規則の解釈についても、単に個々の文言だけではなく、全体の規定との調和をも考慮しつつ合理的な解釈を求めるべきであり、また、当該職場における勤務の実態ないし取扱の実際をも斟酌して、総合的に判断すべきものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、先に認定したように、被控訴人の新就業規則によれば、一般休暇日については労働義務がある旨の定めはない。むしろ一般休暇日はその用語が示すとおり通常は勤務を要しないものとされており(欠勤の届けも要求されていない。)、逆に勤務を要することとなるのは特に命じられた場合に限られていて、この点は休日と同じ扱いになっている。控訴人会社における実際をみても、《証拠省略》によれば、控訴人会社において一般休暇日に出勤している事例はあるとはいうものの、これは交替出勤日以外の土曜日に限られ、人数もごく僅か(従業員約七〇名中一、二名、多い日で三、四名)であること、他の一般休暇日である祝日や年末年始の出勤例はないこと、また、社員の方から希望して出勤する事例も皆無であったことが認められる(満足証人は、祝日にも総務部長か自分は出勤しているから、有給休暇の要件を満たすために希望するなら出勤できると供述するが、いかにも実状を離れたものというほかない。実際上出勤を選ぶ途はないに等しい。)。さらに、《証拠省略》によれば、控訴人会社は一般休暇日に出勤した者に対しては、改めて賃金を支払う義務はないとの立場を維持しつつも、実際には残業手当の名目で賃金を支給していることが認められる。以上のような諸点に照らして考えると、控訴人の新就業規則は一般休暇日を休日とは別個に定め、全労働日の計算において一年の日数から「休日」の数を差引いたものと定めているものの、これをもって一般休暇日が控訴人のいう「労働義務はあるが勤務しなくても債務不履行を問われない日」と解することはいかにも不自然であって相当でなく、一般休暇日は休日と別個に定められているとはいえ、実質上は労働義務を負わない日に当たると認めるのが素直なみかたというべきである。なお、控訴人は、組合も一般休暇日が「労働義務があるが勤務を要しない日」であることを十分理解していたといい、前記満足証人の証言もこれにそうが、《証拠省略》によると、組合は控訴人の説明内容は正しく理解していたというだけで、控訴人の見解を是認し了承していたというものではないこと明かであるし、さらにいえば、組合の認識いかんが先の判示を左右する根拠になるものではない。
そうすると、新就業規則中一般休暇日が労働義務を負う日であることを前提として有給休暇の成立要件を定める部分は労基法三九条一項に違反するものとして無効というべきであり、当該部分については旧就業規則によるべきこととなる。
被控訴人が、旧就業規則によれば原判決別紙未払賃金一覧表の年休権行使日欄記載の各日について有給休暇を取得し得たことについては控訴人の明らかに争わないところであり、右各日について被控訴人が時季指定権を行使したことは当事者間に争いがない。」
3 原判決書一九頁五行目の「賞与から」を「賞与からの」と、同二二頁六行目及び八行目の「附可金」をそれぞれ「附加金」と改める。
二 以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求を、原判決主文の限度で認容した原判決は相当であって(その余を棄却した点については不服がないので特に判断は示さない。)、本件控訴は理由がない。よって、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 滿田明彦 亀川清長)